会社をやめた




「会社をやめます」


そう言った時の人々の反応はいろいろだった。



「えっほんと…!?何があったの、大丈夫?」

「すごい!!やったじゃん!」

「やめてどうするの?これから何するの?」

などなど。


それらの反応は、そのまま、
その相手の考え方をうつしているなと思った。


そして私自身が「ピクッ」と気になった言葉は
そのまま、私の思っていることだと思った。





辞めると決めてから、手紙でも会話でも
そのことを人にたくさん言った。

そして人の反応を見ながら、自分が本当はどう思っているかを確認し続けた。

わざわざ人に宣言している時、やたら饒舌な時は、
なにか心に引っ掛かっている不安があるのだ。




例えばだけど、
自分が内心この先食っていけるか不安な時は

「この先、食べていけるの?」

とまさに人に言われてしまったりして、
その言葉がすごく気になったりする。



これは

”「食べていけるかどうか不安になっている」
という感情をちゃんと認めましょう。”


という、お知らせかなと思う。

そしてちゃんと感情の肯定がしっかりできてくると
不思議なことに、人にヤンヤ言われなくなる。
言われても何も気にならなくなる。


その後に、具体的にどうしようとか
ああしたい、こうしたいという本当の望みが見えてくる。








不安でしょうがない時期、人の言葉に揺れまくる時期


その最中というのは本当に苦しくて嫌な時期だから
あらゆる手を使って逃げたい。




でも、ここをしっかり味わっておくと
いざ本番が来た時に強くなれる気がする。


前もって、これでもかと悩んでおくと
悩むネタすら切れてきて、どうでもよくなってくる。


私も辞める前に
「もう絶対ムリ」「終わった」「私には何も出来ない」
とか散々グジャグジャやりまくった。

そういう気持ちが出るたびに
「そうか、そうか、そうだよね」
と自分をなだめたりした。

そして
「でも、こういう良いところがあるぞ!」
と自分をめっちゃ励ました。アホみたいだけど。


そういう波を行ったり来たりしていくうちに
「肝」が出来てきたというか。
準備が整ってきたというか。
ニュートラルに近づいていったのだった。







ニュートラルになったからといって、
税金払わなくていいわけじゃないし。
収入が保証されたわけでもない。


でも、別にそういうことは問題じゃない。

心が安定しないことのほうが、
自分にとっては大きい問題だった。







そして
辞めることができたのは、

会社が私を育ててくれたからであり

実家と家族に思いっきり甘えているからであり

周りが心を支えてくれたからだと。


言葉にすると月並みすぎるのだけど
あまりにも揺るぎないので言葉にしておく。




というわけで、フリーランスのイラストレーターになったのでした。




おしまい







人気の投稿