「恋人たち」を見た








橋口亮輔 監督

「恋人たち」






もともと「ハッシュ」が大好きで、
「ぐるりのこと」も観て、

このふたつを見れば、
このお方の最新作は観ないわけにいかない
ということで、


テアトル新宿で観てきました。




宇多丸さんも仰っていましたが
あらすじは知らないほうがいいので書きません。



ある悲劇に見舞われた人、
望みを失った、痛みを感じている人々の話です。


私が毎日考えているようなこと、
人同士のコミュニケーションや、感情、望み
伝わらないことや、孤独、痛み
でもその中で輝いていること。


そういうことが描かれていました。





観終わったあと、新宿を歩く
沢山の見知らぬ他人の顔を見て


これから、人生で出逢う人達に、出来るかぎり優しく暖かく接したい


と心底思いました。





本当に、本当に、

人がどんな痛みを抱えているかなんて
絶対にわかりっこないんです。




私に舌打ちをしてきたあのオジサンは、
子どもに優しい声で絵本を読んであげてるかもしれない。


冷たくて無愛想な対応をしてきた店員は、
親の介護で心身共に疲れきっているのかもしれない。


だらしない恰好でコンビニおにぎりを地面で食べてる兄ちゃんは、
親が事故死したのかもしれない。





そんなことは目に見えないし、わかるわけがないです。



人は冷たく邪険にされればされるほど、
他人に対しても同じように振るまう。


孤独感が強まって、人間不信の悪循環になります。


それはどこかで止めなければ人はバラバラになってしまう。
繋がりを失い、心が壊れてしまう。


だから、自分の手の届く範囲で、出来る限り優しくしたいです。



そう思わされるほどに痛みに寄り添った映画でした。






でも、この映画は決して重くないのがすごいです。


悲しみの中にある可笑しさがある。



どんな場面にもユーモアって潜んでいて、

思いがけないことが安らぎをくれる、
人生の中にある大切な瞬間が描かれてるんです。



悲劇を、まさにこれぞ悲劇!
というテンションで描いてないのです。

嘆きの沼で酔ってない。


あくまでも人生を肯定していました。






私が個人的に大事だと思うのは、たとえ痛みを知ったとしても


理解することは出来ない。

人を変えることは出来ない。

助けになりたい気持ちが
逆に助けないことがある。


ということです。


人と繋がるのに、エスパーみたいに人を理解する必要は無いし
またすべてを理解してもらうことも、出来ないのだと思います。

本気で人を救うというのは、自分の命も削る覚悟がいると思っています。


でも、そんな本格的なことを皆がやらなくても、
人が救われる瞬間ってあるんです。


その瞬間が、感覚が描かれていました。






映画には娯楽の一面もありますが、
これは全身全霊をかけた直筆の手紙でした。

















今は、なんとなく回っているように見えるこの社会はガタガタです。

日本はルールや常識に従わないものを爪弾きにする体制です。

それは、ちょっとした事故や事件や災害ですぐにボロが出ます。

人のために一生懸命働いている、多くの人がそれを支えています。

責任を負いたくない、便利に暮らせればあとはいい、

そうやって、みんなでこういう社会にしたのだと思っています。



ルールや注意書きがたくさんあるのは信用しないのが前提だからです。

必要以上の説明や親切は、人の能力を尊重してないからです。

空っぽになって、ただ無気力にぶら下がっていてもいいように作られた社会です。


震災を経て気付いた方もたくさんおられましたが、

もうそういう世界から脱する時だと、改めて思います。




人を信用しない社会構造ならば、

反社会的な自分は、どこまでも人を信用して優しくしたい。

優しくするから、裏切らないでね

という優しさではなく。

自分の中にある小さな社会を変えるために。

自分自身のために。



私が生きてることの責任は重い。

小さなことからしか、始められませんが。

そう、思いました。





(と言いつつも)

(いつもガチンコで力が入り過ぎなので、本当はもっと気楽でいい)




自分と皆が幸せになれる方法をもっと探します。


幸福の中にしか幸福はない。

















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