ある曜日の覚書2

ある月曜日


一枚のコピー用紙のあちこちに
絵をぎっしり詰める描き方をしている。
空白を埋めたいのか、紙がもったいないのか。
ちまちま描くのが好きなのか。
その描き方だと「完成」という感覚があまりない。
ラクガキの域を出ない感じがする。

一枚の紙の真ん中にドン、
とひとつだけと描いてみることにした。
 なんだろう怖い、すごい不安になる。
自信のない部分が露骨に出る。
何も誤魔化せない。

昔の画家に思いを馳せてみて、
画材が今よりも貴重だったはずだから
一回一回を、少なくとも今の私よりは
大事に描いていたのではないだろうか。




ある火曜日


本当は自分の中に厭なものがあるのだけど
他人や出来事にスクリーンみたく映っている。
この気持ちは何度も出てきてその度に困っている。
あれこれ手をほどこしてるうちに時間切れで去っていき
また時期が来ると目の前にやって来る。

気にしていることを認めたくない
が、実際よく気にかかってしまう事実。
そこに何かがあるからだろう。
でも、なんだか分からない。

たぶん、ちゃんと努力して勝ち取りたい
という気持ちがむくむく芽生えたのだ。
軽薄になりたくない。
厭な気分になってる場合じゃないよ。



 ある水曜日

去年、初めてホロスコープで鑑定してもらった。
ホロスコープは、占星術で使われるもので
出生時の天体がどこに位置しているか表した図のこと。
惑星や星座はそれぞれに意味を持っていて
それが位置する場所や角度でさらに示唆するものがある。
たいへん奥深く、素人では到底読めないんだけど。

自分の性質から、得意なこと苦手なこと、抱える傷とか。
生まれた瞬間にここまで見えるってどういうこっちゃ。
自己分析の答え合わせみたいだった。

個人主義で自我が強く、非常に繊細だそう。
イラストレーターが天職と書いてあって
そのことが読めただけでもありがたかった。
スルメのように噛んで過ごしたい。




ある木曜日

去年の9月から始めたヨガ。
ここのところ不調でサボってしまった。
今日やったのはOdakaYogaというもので
ゆっくりと動き続けて流れるように行うヨガであった。
イタリアに創始者の方がいらっしゃるそうで
まだ日本でも講師が少ないとのこと。

普通のヨガとポーズはかぶってるのだけど
呼吸の仕方や、全身への意識の持っていき方の
プロセスが違っていて新鮮だった。
常に丹田で呼吸するというのがとてもいいなと感じた。
先生の指先の動きまで、とても美しい。
まぁついて行くのに精一杯だったけど…

通っているスタジオは広すぎない少人数向けの空間で
私はここで知らない人々と一緒に集中するのが非常に好き。

各々、終わったら感じたことを持ち帰って行く感じとか。
同じ場で一緒に何かしたというだけで、もういいのです。
輪を広げなくてもいいのです。



ある土曜日

画家の山田正亮(まさき)さんの絵画展に行く。
失礼ながら今まで存じ上げなかった。
きくちゆみこさんの投稿を機に「行こう」と思った。
 初めは静物画から、徐々にその記憶を頼りに
色彩や形態を削っていく過程が順を追って見られた。
「何を描こうとしてるんだろう?」
「何が描きたかったんだろう?」
と、思いながら鑑賞していた。

彼が書き溜めていたノートも公開されており
 日常のことや、絵への言葉やラフが随所に見られた。
「絵画と契約した」という文章がここに書かれていたらしい。

ひとりの人生における終わりのない追求を
絵を通してみることができ、幸運だった。
孤独と完成について考えることは当前なのだと分かった。







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